場所依存型情報共有メディア「空気ペン」
山本吉伸† 椎尾一郎‡
†電子技術総合研究所 ‡玉川大学工学部

1. サービス概要

空気ペンは,空中に図形や文字(以下,単に図形と呼ぶ)を描くためのシステムで ある.図形はHMD(Head Mounted Display) を通して見ることができる.HMDを 装着していないユーザには図形は見えない.ユーザは,描画したい場所でペンデバイ スを空中で動かす.システムは,ペンデバイスの軌跡データを獲得し,サーバに蓄積 する.空気ペンシステムの主な用途は,大きく二つに分けられる.

  1. 案内板,看板等によるナビゲーション支援システム
  2. 伝言板,コミュニケーションメディア

2. 試作システム(技術概要)

我々はこのようなサービスのインタフェースや要素技術,インフラ技術に関する論点 を明らかにするために試作を行ったので,それを報告する.

ハードウエア

ペンデバイスと軌跡検出センサ

図は,我々が試作したペンデバイスである.ペンデバイスの軌跡データは ジャイロセンサによって測定される.微弱電力のワイヤレス通信によってデー タは送出され,小型ノートPC(以下,ウエアラブルPCと呼ぶ)側に接続さ れた受信機を通じてPS/2端子より入力される.現在はウエアラブルPCとして ペンデバイスとは別のCPUを必要とするが,将来はこのペンデバイス単独で の動作を目指しており,そのときのために収納式の小型ディスプレイが側面に 装備されている.ただし,このディスプレイは残念ながら試作機ではモックアッ プである.本体下部は開閉式のふたになっており,持ち運ぶときには卵型であ りながら手にもったときにしっかりとグリップを握ることができるようになっ ている.本体上部に絶対位置検出センサ(後述)の為のタグが埋め込まれてい る.電池が内蔵されたグリップ部には押しボタンが二つ装備されている.

Length: Hand Set 11.4 cm
Receiver 11.0 cm
Width: Hand Set 4.5 cm
Receiver 8.3 cm
Height: Hand Set 15.8 cm
Receiver 2.6 cm
Weight: 114 gram w/batteries
Operating Range: Up to 22.9 m transmission
Radio : Multi-channel, FM 49 MHz

HMD

図は,我々が試作したHMD装置である.試作機ではジャイロセンサが装備されてお り,利用者の顔の向きを検出することができる.これらのセンサの値はUSBを通じ てウエアラブルPCへと入力される.ウエアラブルPCで描画作成した画像は,HM Dに表示される.表示デバイスにはSONYのグラストロンを採用した.グラストロ ンは,本システムの用途には必須のシースルータイプであり,小型軽量であるととも に,SVGAの出力をそのまま表示する機能を有する.

絶対位置検出センサ

空気ペンシステムを構成するためには,ユーザの絶対位置とペンデバイスの絶対位置 とを検出する必要がある.これらの検出には超音波を用いた市販の位置測定センサを 用いた.このセンサは,特定のタグの位置を1mm程度の誤差範囲で検出する.この センサのタグをユーザの装着するHMDとペンデバイスの双方に装着した.

サーバ,無線LAN

サーバはLinuxを搭載したPC/AT互換機で,絶対位置検出センサとはシリアルケーブ ルによって接続されており,絶対位置検出センサのセンシング範囲内にいる全ユーザ の頭部位置及びペンデバイス位置を保持している.サーバとウエアラブルPCは無線 LANによって接続されている.

ソフトウエア

ペン操作インタフェース

ペンデバイス上のボタンをクリックすることでボードが視野中央に現れ る.ユーザはこのボードに対して図形を描画する.図形の記入中は,頭を動か してもボードは視野中央から移動しないようにした.これは描きやすさを比べ て決定された.描画終了後に再びボタンをクリックすればボードが空間に浮遊 しているように表示される.ユーザの位置から浮遊しているボードまでの距離 が常に表示されている(図).図中の黒い背景部分は,実際には実世界を重ねて 見ることになる.図形データは,ユーザが描画を完了した時点でサーバに転送 される.一度描画を完了させたボードは,削除と移動は可能であるが,図形デー タの修正はできない.ボードの色やペンの色は画面下部のメニューを選択する ことで選ぶことが出来る.黒を選ぶと,透明色となる.したがって,図形だけ が中空に浮いているように表現することができる.ただし,描画できる図形は 二次元のものであり,方向は描画時の方向が保存される.ボードのサイズは固 定である.プログラムはWindows98上で動作し,VC++でDirectXを用いて実装さ れている.

サーバ

本システムは屋内,屋外の双方で利用できることを念頭においている.屋 外ではGPS等を利用できるが,屋内では同じGPSは利用できない.さらに屋 内で用いるセンサにも多様な種類が存在する.そこでサーバは絶対位置検出セ ンサの0点からの変位(X,Y,Z,ピッチ,ロー,ヨウ)にそろえて管理すること とした.複数の絶対位置検出センサ間の距離情報は,別途測定(キャリブレー ション)しておく必要がある.サーバは,そのサーバに専属の絶対位置検出セ ンサのカバーする範囲にある全描画データと,センサのカバーする範囲にいる 全ユーザの位置情報及びペン位置情報を保持している.ユーザがセンサ範囲内 に入ると,サーバは自身が管理する全描画データをユーザ側のウエアラブルPC に伝送する.これは高速な描画に対応するためである.以後は差分データ(新 しく描画された図形データ)だけを全員にブロードキャストする.図形データ にはIDが振られており,消去などのオペレーションはIDを使ってユーザ側に指 示される.なお本試作で利用した無線LANのハードウエア上の制約により,ピ アツーピアの通信ですべて実装されている.

データ管理機構

描画データによっては,特定のグループだけで共有したいということがある.その ため描画データにはグループに関する属性を含んでいる.さらに描画したデータの位 置を大きく変更したいことがある.これらのニーズに対応することを念頭においてい るが現時点では,これらの細かな設定をペンデバイスだけで行うことはできず,別途 サーバにアクセスしてWeb経由で設定を行うのみである.

yoshinov@etl.go.jp