Time-stamp: "2012/08/28 17:53:44(JST) by yoshinov"

よしのふのトップページへ

本稿は,研究会報告に掲載された論文を基に記述したものです.高齢者の日常コミュニケーションと公衆浴場 -- 城崎温泉での調査 --, 山本吉伸, 信学技報HCS2012-24, pp.161-166, 2012

高齢者の日常コミュニケーションと公衆浴場 −城崎温泉での調査 −
Elderly daily communication and public bath −The survey in Kinosaki Spa−

あらまし
独居高齢者に対するケアは地域全体で取り組むべき課題として広く認識されている.しかし高齢者は一般に社会との接点が少なく,低コストで効果的な具体的施策については模索が続いている.本研究で我々は銭湯に着目した.銭湯は高齢者,特に独居高齢者にとって数少ない社会との接点のひとつである.本稿では,高齢者福祉サービスの拠点として銭湯を効果的に活用するためのライフログ技術を兵庫県豊岡市城崎温泉にある外湯(銭湯)に持ち込み,調査を行ったので報告する.

abstract
Elderly care is a challenge in the region. The elderly due to limited contact with society in general, concrete measures are not well known. Public bath is one of the few points of contact with society for the elderly. We report the survey in Kinosaki Spa.

1. はじめに

1.1. 高齢者福祉

我が国の総人口は平成22(2010)年10月1日現在1億2,806万人,うち総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は23.1%(前年22.7%),すなわち5人に一人が高齢者という社会になっている[1].高齢者,特に独居高齢者(単独で暮らす高齢者)のケアが重要な社会的課題として認識されて久しいが,その具体的解決施策はいまだ模索が続いている.孤独死が社会問題化した1970 年代から「見守り」という観点から議論が行われており,近年のIT研究でも日常生活の見守り・監視技術が多数検討されている(たとえば[2][3]など多数).

しかし見守り・監視を厳重にすることだけが高齢者ケアではない.「『高齢者が尊厳をもって暮らすこと』を実現していくことが国民的な課題」[4]との理解からは,独居高齢者の社会的接点を補強し,相互の支えあいを自然に促進しうる社会サービスを構築することが強く望まれる[1].

1.2. ケア拠点としての銭湯

そのような社会サービスを構築する拠点として,銭湯を活用するアイデアがある[4].

江戸時代から銭湯は庶民のいこいの場であったが,風呂付住宅が一般的になった現在,銭湯は3848店舗にまで減少している(全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会加盟銭湯.平成22年4月1日現在).しかし銭湯の維持は,地域社会の公衆衛生にとって重要なことである.そこで地域に銭湯がなくなることを避けるため,競争を排除して経営を保護する法制度が取られている[注1].多くの自治体では高齢者向けの無料入浴券や優待入浴券を発行して利用を促していることもあり,高齢者の利用は少なくない.

このように高齢者が定期的に訪れる場所では高齢者の日常コミュニケーションを広げるコミュニティを推進することが期待できる.地域高齢者においては外出頻度が低いほど身体・心理・社会的側面での健康水準が低く[9]閉じこもり状態は高齢者の身体・心理・社会的機能に影響を与える[10][11]ことを考えれば,銭湯を媒介とした「入浴仲間コミュニティ」が果たせる機能は決して小さくない.

このような背景のもと,我々は「入浴仲間コミュニティ」を効率よく推進する上で,ライフログの一つである入浴履歴データが活用できるのではないかと考えた.そこで本研究では,兵庫県豊岡市城崎温泉にある「地蔵湯」に,高齢者入浴券の改札システムを導入し,入浴履歴データを蓄積するとともにアンケート調査を行い,データ活用が可能かどうかを検討した.

2. 調査

城崎温泉では地元高齢者(70歳以上)に無料の入浴券(優待券)を配布しており,この入浴券を係員に提示することで観光客と同じように温泉に入ることができる[注2].

我々はまず優待券にID番号を付与し,入浴時に優待券を機械にかざすことで有効な券かどうかを判別するシステムを導入した[12].このシステムにより,2011年7月1日から9月30日までの高齢者の入浴履歴データを収集した.また,2011年11月22日24日,同年12月4日8日に入浴に訪れた高齢者に面談方式のアンケート調査を実施した(写真1).(写真)面談でのアンケート

調査日に一度以上訪れた高齢者は385人,調査員が高齢者に対して口頭で協力を依頼し,118人に応じていただいた.図1図1は回答者の年齢分布である.

図2図2は同居人数を訊ねた結果である.全体の4分の1にあたる26%(31人)が独居であった.

図3図4図3は男女比,図4は調査当日に外湯に来た時の同行者を訊ねたものである.二人以上で暮らしていたとしても85%が一人で銭湯に来ていた.

図5図5は銭湯内に設置されている休憩スペース(写真1参照)で顔見知りと過ごすことは好きかどうかを訊ねた結果である.この質問では個人の嗜好を問うものであったので必ずしも「銭湯の休憩スペースは24%程度しか交流活動に利用されていない」と結論づけることはできないが,交流活動に好んで用いられる空間とはなっていないと考えられる.

図6図6は起床と就寝の時刻が一定かどうかを訊ねたものであり,一般的な高齢者と同様にほとんどの人が一定の時間に就寝し一定の時間に起床している.

図7図7は地元の人以外の観光客がたくさん利用している城崎温泉特有の質問である.城崎温泉は「外湯めぐり」が名物になっており,ほぼ必ず観光客の入浴がある.半数以上が観光客の入浴マナーには無関心でいられないことがわかる.

図8図8は外湯の利用時間の意識調査の結果である.「自由時間が比較的多く,来たい時に来ている(14名)」「自由時間は比較的多いが,だいたい決まった時間に来ている(82名)」「自由時間が限られていて,来ることができる時間帯が限られている(21名)」であった.

図9ところで,規則正しい入浴行動とは,概ねどのくらいの時間ゆれ幅を指すのか.図9は「だいたい決まった時間に来ている(入浴している)」と回答した人が繰り返し入浴する時刻の幅をグラフにしたものである.これを見ると概ね30分以内に集中していることがわかる.以下,日々の入浴時刻が平均入浴時刻から前後15分以内の場合を「規則正しい」と呼ぶことにする.

図10図11アンケート回答者の入浴履歴データを見ると,独居高齢者全体の延べ利用回数は2337回,非独居高齢者の延べ利用回数は5938回であった[注3].そのうち規則正しい入浴行動の独居高齢者は56回,非独居高齢者は2197回あった.これを人数で正規化して時間ごとの推移を表したのが図10である.朝7,8時台と16時台の利用比率は独居老人が若干高く逆に18時台の利用比率は非独居老人の方が高い.一方,標準偏差が1時間を越える高齢者(規則正しいとはいえない高齢者)の入浴時間を並べたグラフが図11である.どちらも5時半ごろに低い山が見られるだけで,特徴的な時間帯は見当たらない.

独居の有無と入浴時刻の標準偏差には統計的な有意差があり(p<0.05),1日に1回だけ利用している81名について利用時刻の標準偏差は独居19名の平均と非独居62名の平均で約30分の差がある.独居高齢者の方が入浴時刻のバラつきが大きい(入浴時刻が固定化されていない)傾向がある.この結果は,独居高齢者の生活リズムの同調度(規則正しさ)が非独居高齢者と比較して有意に低いことを指摘している文献[13]と整合的である.

図13図14「休憩スペースで顔見知りと過ごすのは好きだ」との設問に対し,回答別に利用時刻を調べたものが図12である.「あてはまる」群は15時〜16時に増加するのに対し,「どちらともいえない」「あてはまらない」群は18時にピークを迎える.この点,独居高齢者(図13)と非独居高齢者(図14)ではほぼ同様の傾向であって独居か非独居かは影響していないように見える.

図15図16一方,規則正しい高齢者(図15)と規則正しいとは言えない高齢者(図16)では,やや傾向に差がある.規則正しい群は早朝に入浴する人が全体的に多くなるので(「どちらともいえない」)人が人数的に山を作る.「あてはまる」人は,15時〜16時にピークがあり,あとはどの回答群でも18時〜19時にピークがある.それに対して規則正しいとは言えない高齢者は,「あてはまる」人は18時〜19時にはほとんど入浴していない.また,「どちらともいえない」と回答した高齢者は入浴時間が18時〜21時までに分散している.

3. 考察

重要時間帯の検出

(図)閑散時間分析

入浴履歴データから,定期的に同じ時間帯に通ってくる人が集中している時間帯が15時〜16時と18時〜19時の二つ検出された.これらの意味について検討する.

(a) 15時〜16時について
この時間帯は,地元住民・観光客ともに少ない(図17).この時間帯に来る人は「顔見知りと休憩スペースで過ごす」人々であったことを併せて考えれば,絶対人数は多くないがこの時間帯に来ている人はお友達グループ(コミュニティ・コア)を形成していると推定される.

このような時間帯は活用の可能性が大きい.この時間に来れば,知っている顔が誰かは居る,という状態になっているのであるから,口コミの伝搬経路としても期待できる.入浴仲間コミュニティを越えて,なんらかの地域コミュニティづくりを目的とした各種企画を始める場合にも,この時間帯に開催することが効果的であると考えられる.

(b) 18時〜19時について
城崎温泉の銭湯利用者は地元住民より観光客の人数の方が多い.多くの宿でチェックインが始まる3時すぎから徐々に銭湯にも観光客が増え始め,18時近くなると観光客はぐっと少なくなる(図17).18時〜19時の時間帯は観光客が夕食のために出歩かなくなる時間帯であり,地元住民は混雑を避けてこの時間帯に入浴する.観光客が出歩かない時間帯は物販店舗(土産物店など)の経営者にとっても入浴時間になっている.高齢者であっても家業を持つものは少なくないので,この時間帯に入浴を済ませる人が多いのは肯首できる.

しかし,この時間帯に入浴をする人は「顔見知りと休憩スペースで過ごす」ことを望んでいない(図12).むしろ「空いている時間帯に入浴したい」「短時間で入浴を済ませたい」と思っている人が多いと推測される.この時間帯には地元入浴者の絶対数が多いので「挨拶」の頻度は高まるものの,コミュニティ発展の素地は希薄であると予想される.

社会との接点を増やすために

今回の調査では,独居高齢者は規則正しい入浴時刻とは言えなかった.このような独居高齢者が社会との接点を増やすために,もっとも費用のかからない方法は入浴時刻を規則正しいものに設定するよう働きかけることである.定期的に入浴する習慣があれば,いつも顔を見合わせている人ができる可能性が高まるからである.そのような観点から,独居高齢者に規則正しい入浴習慣を啓発する活動には意味がある.

次に,コミュニティ・コア(休憩スペースで顔見知りと過ごすことは好きだと回答するような人々)が日常的に通っている時間帯に,なんらかの企画を作り,独居高齢者等がそれらの人々と接するように仕向けることが効果的であると考えられる.「いつも見かける人」を作るという観点から,規則正しい入浴行動をしているコミュニティ・コアをターゲットにすることは有益と考えられる.城崎温泉の事例では,15時〜16時がターゲットの時間となるだろう.

見守り機能の可能性

コミュニティ・コアの検出以外にも入浴履歴データは活用できると考えられる.事前の予想通り,多くの高齢者は規則正しい入浴行動であった.規則正しいということは,すなわち次回の入浴予定の推測精度が高いことを意味する.これを用いれば,予定されている時刻に現れなかった高齢者にはなにか特別のことが起こっている可能性が高いと推定できる.

たとえば毎日一定時刻に入浴していた人が二日連続で来なければ,その人に対する注意レベルを上げるべきであろう.地域ボランティアが独居高齢者の家をときどき訪れる活動をしているが,このような注意レベルの検出ができればより適切な順序で声掛け活動を実施できる.

4. まとめ

本稿では,城崎温泉にある「地蔵湯」での入浴行動の調査結果を報告した.高齢者へのアンケート調査と入浴履歴データ(ライフログ)の分析から,独居老人の入浴時間が規則正しいとは言えないことや「入浴仲間コミュニティ」のコアとなるグループがいる時間帯を推定した.高齢者の社会的接点を補強し,相互の支えあいを促進するための各種企画を効果的に推進する上で,入浴履歴データの分析が有効である可能性が示唆された.

ただし,この分析結果をシステマティックに「入浴仲間コミュニティ」の拡大へとつなげる方法はまだ明らかとはいえない.今後,他の銭湯での調査とともに社会システムの中にどのように組み込めるかを研究する必要がある.

また,相互の支えあいを自然に促進しうる社会サービスを目指す立場からは,たとえば日常のお友達とのコミュニケーションによって自然に安否確認も実施されていることが望ましいこともある.入浴履歴データからは人間関係マップが作り出せる可能性もあり,これが実現すれば,従来の行政サービスでは踏み込めなかった施策を展開できると期待される.この点も今後の課題であろう.

謝辞/注

調査には城崎温泉関係者の有形無形の支援を受けた.ここに感謝する.本研究は科研費(課題番号:23614033)の助成を受けたものである.

参考文献

mailiconyoshinov.yamamoto@aist.go.jp

1112123