Time-stamp: "2012/08/28 16:33:48(JST) by yoshinov"
本研究は経済産業省委託事業平成22年度「ITとサービスの融合による新市場創出促進事業(サービス工学研究開発事業)」の支援を受けて行われた.
こちらに2012年度バージョンがあります.「ゆめぱ」の取り組みが評価され平成22年度但馬産業大賞(兵庫県但馬県民局)を受賞しました.
「ゆめぱ・プラス」城崎温泉は1400年の歴史がある伝統的温泉地で7つの外湯と温泉街で構成され,観光客は浴衣で外湯や街をめぐる.近年では,入湯券を電子化し街全体で観光客の履歴を把握しサービス向上に取り組んでいるが,観光地としてのイメージである伝統的温泉地の風情と高度な情報技術を調和させることが新たな課題である.ゆめぱ・プラスは,糸状のICタグと糸状のアンテナを織り込んだ布で作られた「ゆかた」と「のれん」によるRFIDシステムで,これを電子入湯券システムに導入・試験運用することで,伝統的な温泉街の風景の中に高度な情報システムを融合し,「浴衣の似合う街」としての城崎温泉の価値向上に寄与する.
効果的な集客施策の展開や,顧客単価を高める新サービスの提供は多くの観光地の課題です.施策の基礎となる観測・調査データの収集には大きなコストがかかることもあり,それらの施策の多くは「経験と勘」に頼らざるを得ないのが現状です.観光地における観光客の回遊行動データ収集も例外ではなく,合理的コストで定量的且つ継続的に回遊行動を捕捉する技術の開発が望まれています.そのため我々は観光地などで定量的かつ継続的観測・調査を実現する方法である観光地向けのPOS (Point of Service)「オープンサービスフィールド型POS」を提案していまず.
観光地向けPOS(OSF-POS)を利用すると,たとえばこんなことができます
ICチップで「つけ払い」、土産店でかざして、宿で精算、城崎温泉で産総研など
ITPro 温泉客の楽しみ方が分かる城崎温泉「ゆかたクレジット」(2009/11/12)
私たちは,サービス産業における生産性向上には「最適設計ループ」をサービスの提供現場に埋め込み,それを繰り返すことが重要であると考えています[1].最適設計ループとは,以下の4つのプロセスを繰り返す業務改善手法です.
最適設計ループはサービス提供現場で継続的に動く必要があります.「分析」「設計」「適用」は,必要に応じて実施すればいいのですが,「観測」は定常的に稼働していることが,最適設計ループを動かすためには必要です.
私たちの関心の対象である観光地も,最適設計ループの実現によって生産性を向上させることが可能です.観光地とは「体験」を売るサービスですから[2][3],顧客が当該観光地内でどのような体験をしているか(回遊行動)を定量的かつ継続的に捉えることはサービス品質向上のもっとも基本的データとなります. では,このようなデータはどのように取得すればよいのでしょうか.
「オープンサービスフィールド(Open Service Field;以下,OSFと略す)」は,以下の二つの特徴を持つ「一定の地域」として定義されます.
OSFの例としては,商店街やショッピングモール,地方観光地があります.ただし,複数のサービスが集まった中を顧客が回遊する地域であっても,同一の運営主体のもとで運営されている場合にはOSFには該当しません.著名なテーマパークの多くはOSFに該当しません.
OSFにおけるサービスの調査は,単一の企業が運営するサービスの調査より困難が大きいといえます.その困難のひとつには,OSF全体での合意形成の難しさが挙げられます.OSF内に存在する個々のサービス提供者は一般的に小規模です.また提供するサービスも多様です.お互いが共存関係にあるとはいえ,「地域全体の調査事業」に対しての経済的な負担感は大きく,多くの場合,自発的な投資は期待できません.
※OSFの困難性はほかにもいくつもあります.KPI(Key Performance Indicator)がはっきりしない(プレイヤーにより違う)こともその一つです.KPIが明確であれば,その観測を実施するとともに,KPIの向上を目指せばよいということになります詳細へ.
一般的に歩行者流動調査には「追跡型」と「定点型」があります.追跡型はアンケート調査の併用などで少数のサンプルを深く詳細に知る手法で,大量のターゲットを網羅的に調査することはできません.定点型は交差点などに調査員を配して歩行者を数える手法で,一度に大量の歩行者を捕捉することができるので交通量の調査として広く用いられていますが,特定の人物が何時にどのように移動したのかを知ることはできません.
両調査手法の問題を解決する技術として,プローブパーソン調査(PP調査)が注目されています.PP調査は,広い範囲を移動する調査対象者にGPS端末を持ち歩いてもらい,一定期間,一定間隔で捕捉し続ける手法です.対象者を個別にとらえつつ,多くの対象者を同時に調査できます[4].
しかしながら,PP調査もOSF内を回遊する大量の歩行者を長期間調査する目的には必ずしも適しているとはいえません.バッテリーの問題や通信コスト,機材コスト,建物内での上下方向の移動やGPSの電波が届かない場所での対応など,技術上の問題がすべて解決されたとしても,なお問題が残ります.
以下に,PP調査の問題点をまとめます.
「観光地内を回遊する観光客が,『いつ』『どこで』『どんなサービスを』受けたかを知る」ということは,小売店でいえば「消費者が『いつ』『どこで』『なにを』購入したのかを知る」ということに相当します.小売店では,このような情報を収集するためにPOS(Point of Sales)システム(販売時点情報管理システム)を使います.
小売店で利用されるPOS(以下,流通業向けPOSと呼ぶ)は,販売のたびに「商品番号(と価格)」「時刻」を記録するシステムで,膨大な商品点数を有するスーパーや,時間帯別の売れ筋を把握して的確な在庫管理を実施したいチェーン店で広く導入されています.あらかじめメンバーズカードなどで顧客にIDを配布して,販売時にその顧客IDを同時に記録すれば,どの顧客が『いつ』『どこで』『なにを』買ったかを把握し分析することができます.
調査事業目的での投資に対しては積極的な合意はできなくとも,「従来からのサービス提供をより効率的・効果的にする事業」とみなせるのであれば合意を導きやすい,という点に着目すると,POSの導入は合意を得やすい切り口と言えそうです.そこで,観光地の顧客である観光客が『いつ』『どこで』『どんなサービスを』受けたかを調査する際に, POSを適用することを考えます.しかし,OSFである観光地は小売店とは異なる環境であるため,既存のPOSをそのままでは導入が難しいでしょう.どのような点に違いがあるのかを以下で述べます.
観光地を訪れる観光客は,その大部分はまれにしかそこを訪れません.カードの発行はランニングコストを押し上げます.そこで,観光地においてはカードの配布とは異なる二つのアプローチで顧客にIDを配布することを検討しなければなりません.
ひとつは「券面活用のアプローチ 」で,もうひとつは「顧客デバイス活用のアプローチ」です.
なお,券面活用のアプローチと顧客デバイス活用のアプローチは排他的ではない.OSFの状況に合わせて,両方を併用して運営させることが望ましい.
流通業向けPOSが販売時の一連の手続きに組み込まれて利用されるのと同様に, OSFではPOSがサービス提供に組み込まれる必要があります.しかし,OSF内では多様なサービスが提供されているのですから,それらのサービスごとにソフトウエアを開発することは効率的とは言えません.
そこで,OSF内の多様なサービスを「権利確認型サービス」「権利更新型サービス」「スタンプ型サービス」に分けて把握します.この三つの類型に沿ってソフトウエアの要求が異なるからです.
以上の3タイプのソフトウエアアーキテクチャで,OSFで利用される各種企画,つまり,入場券,駐車券などのチケットサービス,ポイントカード,電子マネー・クレジットカードなどのカードサービス,観光案内,ゲーム,スタンプラリーなどを実装することができます.
観光客がどのような交通手段で来ているのか,今回の旅行は何泊の予定なのか,などを知りたいことがあります.このような場合にはアンケート調査が有効ですが,アンケート用紙の配布・回収には人手を必要とします.OSFでの利用を考えれば,POSにこのような調査機能があることが望ましいはずです.この機能は流通業向けPOSにはほとんど見られません.
アンケート調査のための必要最小限の機能は,顧客IDを付記したアンケート用紙を印字する機能です.観光客にその印刷物を渡せば,回答内容をPOS上のデータと結び付けて分析することができます.
サービス提供に組み込まれたPOSをうまく利用することで,利用者の属性を取得することができます.たとえば,トイレや温泉の脱衣所に設置されたPOSにIDを触れるよう誘導することによって性別属性がサービスの内容とともに自動的に得られます.年齢属性や性格属性などもPOSに割り当てる質問次第で察知できるようになります.
図は兵庫県城崎温泉に導入されたOSF-POSの端末です.黒いドーム型の筺体には蛍光管ディスプレイが最大2枚取り付けられる他,mp3再生機能,とEthernetポート,非接触ICカードリーダ,バーコードリーダ,10キー,レシートプリンタが接続されています.2011年1月の時点で城崎温泉のすべての宿(87軒),すべての外湯(7か所),35か所の店舗・観光拠点に端末が設置され,運用されています.
以下では2節で述べたOSF-POSの検討事項に沿って,実装した技術を説明します.
3.1節のセットがあれば,流通業向けPOSと同様に,小売店や飲食店で売り上げ管理やレシートの発行に利用することができます.キックドロワー がないことを除けば,ほぼレジスターと同等の権能を有しています.ただし,観光地の小売店(土産物屋)で取り扱う商品の多くにはJANコード が付与されていませんし,そのような商品管理をしている店舗も少ないことから,城崎温泉に導入されたOSF-POSではJANコードと関連づけた管理はしていません.
また,「町営クレジットカード」により,宿泊客は外湯券を提示すれば,現金を持ち歩かなくても店舗で買物や飲食ができ,支払はチェックアウト時にまとめて行うことができます.ゆかた姿で外湯巡りをしている観光客にとって現金を持ち歩かなくても買物ができることはメリットとなりますし,店舗としても顧客が持ち歩いている現金が少額のために買い控えをするという事案を減らすことができます.
宿では外湯券の発券にOSF-POSを利用します.これまで,観光客は外湯に入る回数の分だけ外湯券を持っていく必要がありましたが,OSF-POS上の外湯券であれば一枚の券でどの外湯にも何度でも入れるようになりました.一方,宿は,大量の券を事前に準備する手間を省けるようになりました.また,使われなかった外湯券がゆかたのなかに大量に残されていることに気付かずに洗濯してしまうというトラブルもなくなりました.
入浴状況はリアルタイムでサーバ上に集計され,このデータをもとにして宿の端末上には直近30分の入場者数(混雑状況)が表示されます.今から宿を出て外湯巡りを始めようとする観光客に,混雑にあわせた案内をすることができるようになりました.
外湯では,外湯券の認証に利用するほか,一日券(宿泊しない来訪者のための入浴券)の発券に利用しています.一日券は,観光客のもつケータイやICカードに付与します.ケータイもカードも持っていない観光客にはICカードを貸し出します.自分のケータイが外湯券になることで顧客には利便性を提供しつつ,転売や使い回しなどのリスクも減少させることができるようになりました.
以上のサービスを利用するたびに,顧客IDと時刻(店舗であれば金額も)がサーバに蓄積されていきます.PP調査と異なり,城崎温泉に宿泊したすべての観光客を,個別に,しかもイベントドリブンで記録することができます.
ここでは,サービス拠点を移動した履歴データの分析事例として「回遊行動のグループ構成推定」「滞留・経路分析」「閑散時間分析」について説明します.
図は2010年10月30日,城崎温泉のほぼ中心に位置する旅館「小林屋」に宿泊した観光客が城崎温泉の中を回遊した状況を赤い矢印で視覚化したものです.左が15時台,右図が16時台です.旅館のチェックインは15時からなので,15時台ではまだ回遊者は少数であることがわかります.16時台になると人が増え始めます.「御所の湯」が一番人気になっていることもわかります.
城崎温泉を回遊している観光客のうち,親子連れはどのくらいいの割合を占めているのか,男女二人組はどのくらいの割合を占めているのか,などに関する情報は,ニーズに沿った魅力的な宿泊プランの設定に有益な情報です.飲食店にとっても店舗設計やメニュー設計に有益な情報です.
そこで,OSF-POS上のデータからグループを推定することを考えます.同じ宿に宿泊し,同じように外湯巡りしている「大人券」と「子供券」があれば,それは親子連れグループと推定できます.外湯に入る回数は人により異なるので,我々は最初の外湯の入場時刻に着目して推定することを検討しました.具体的には以下の二つの方法によって推定を行ないました.
2010年12月の間に,本システムを使って外湯を利用した一泊宿泊者もしくは一日券利用者は,延べ28,817人でした.
推定方法Aを適用した結果,外湯利用時のグループ構成は,単独3,561人(12%),大人のみの2人組11,424人(40%),うち男女混合の2人組(大人のみ)は8,284人(29%),男女混合の3人~5人の組6,155人(21%),大人と子供の両方を含む3人~5人組3,262人(11%)であることがわかりました.
一方,同じ期間で外湯を2回以上利用した人は17,306人でした.推定方法Bを適用したところ,単独行動は2,188人(13%),大人のみ二人組は7,777人(44%),うち男女混合の2人組(大人のみ)は5,388人(31%),大人のみ3人~5人組は4,309人(25%)と推定されました.さらに3人~5人の親子連れは1,706人(13%)と推定されました
これらの推測方法の妥当性を検討するため,12月16日~19日の4日間,12月16日~19日の4日間,全7か所の外湯の出口に調査専用端末を設置し,外湯から出てきた人に対して任意で外湯券の提示を求め,外湯券を提示してくれた人に対してアンケート用紙を印字して手渡す方法でアンケート調査を実施し,その中で同行者の人数と子供のいる家族かどうかなどを尋ねました.ターゲッティング・アンケート機能により,外湯券提示者の属性に応じて,次のように印刷の制御,内容の制御を行ないました.
アンケート印字は合計2,444件,回収は1,619件(回収率66%)でした.
推定方法Aで親子グループと推定された人のうち,一人でもアンケートに答えて,その人が子ども連れの家族であると回答しているものを正解としたとき,正解グループには125人がいました.逆に,その人が子ども連れの家族ではないと回答していた場合には不正解としたところ,11人がいました.したがって,正解率は92%でした.一方,推定方法Bでは,正解が70人,不正解が8人,正解率は90%でした.グループとして推定する条件の厳しいBよりも,条件の緩和されているAのほうがわずかではありますが高い正解率でした.結論として,グループの推定は一回目の外湯の一致を見れば足りることがわかりました.
次に,11%の親子連れは多いのか少ないのかを検討しましょう.文献[7]によれば,国内観光旅行に占める家族旅行の割合は51.4%と最大のシェアを占めています.家族旅行といっても必ずしも子供券を必要とする子供がいる家族とは限りませんし,親子連れの場合には宿から外出することを避ける傾向があると想像されますから,推定結果と直接比較することはできませんが,その点を勘案しても11%は少ないと言えそうです.現状の「外湯巡り」は50%を超える割合の観光潜在顧客に対して一層適合的になる余地は大きいと考えられます.たとえば,現在の城崎では若いカップルか熟年夫婦をモデルにしたポスターしか作成していませんが,親子連れをモデルとしたポスターを作成したり,宿の予約ページに「子供連れでも安心して来ていただけます」といった言葉を掲載したりする施策を検討するのがよいのではないかと考えられます.
推測したグループ構成を用いて,グループごとの特徴を分析することができます.
図は,グループ別の外湯回遊ルートの人気ランキングをグラフにしたものの抜粋です.各外湯を1~7の番号で表しています.たとえば,親子グループのうち,3か所の外湯を巡った人たちには5→4→2の順に移動するのが最も人気が高く,男女ペアグループでは7→5→4の順で巡るコースが最も人気が高いことがわかります.これが固定の傾向であるのか2010年12月の結果に過ぎないのかは長期のデータを見る必要があります.
改札口に設置されたOSF-POSでは,入場時の時刻しか記録できません.しかし,入場時の時刻の蓄積から各観光拠点の滞在時間を推定することができます.
上図は,「「さとの湯」から「他の外湯」」に移動した人数と,さとの湯に入場してから他の外湯に入場するまでの時間をグラフにしたものです.下図は「「地蔵湯」から「他の外湯」」の場合のグラフです.観光拠点ごとにこのようなグラフを作成することができます.このグラフから,さとの湯から他の外湯にいく人の多くが地蔵湯に向かっていることがわかります.また,地蔵湯からさとの湯への移動時間は49分であるのに対し,さとの湯から地蔵湯に移動する時間は76分で,55%も長いのです.これは,さとの湯に滞留する時間と地蔵湯に滞留する時間の差が表れており,さとの湯のほうが55%長く滞留しているからと考えられます.
これらの分析を通じて滞留時間を推測することで,混雑状況の予測が可能になると期待されます.時間帯ごと,シーズンごとなど,詳細な変化をとらえて各種サービスにつなげることが期待できます.
地域全体の活性化としては,昼食時間に町に人が多いことが望ましいでしょう.
図は,7:00から23:00まで外湯が開いている時間中の利用者数をグラフ化したものです.朝食前に外湯に行く人は一定数いるものの,10時を超えると全く人がいなくなる様子がわかります.昼食時間に地域外から集客することは容易ではありませんが,10時まではたくさんの観光客が滞在しているのですから,昼食の時間帯の収益を向上させるには,あと2時間長く滞在してもらうための企画を実施すべきであるといえます.具体的には,10時以降にだけ利用できる宿泊者向け(正確には,チェックアウトした人向け)のサービスを導入することが望ましいでしょう.たとえば,この時間帯だけ入浴できる券などがそれにあたります.また,この時間帯は外湯施設がほとんど利用されていないのですから,周辺観光スポットにこの時間帯の入浴券を低廉な価格で販売することも効果が高いと予想されます.
城崎温泉では,このデータをもとに10:00~13:00の活用の議論が始まっています.
OSF-POS(観光地向けPOS)の紹介と,そのデータ活用事例を説明しました.滞留時間の推定や回遊行動グループを推定する技術は,推定精度の向上と信頼性の検証が今後の課題です.
地域全体でPOSデータを共有することで従来では困難だった調査が可能になることを述べましたが,このようなデータ共有が常に容易とは限りません.たとえば,OSF-POSを利用することで街全体でのCRM(Customer Relationship Management;顧客との長期的な関係を築く手法)が実施できれば魅力的なサービスになる可能性がありますが,個別の店舗で得られた顧客データや売り上げデータをどのレベルまで街全体で共有することができるかは明らかとはいえません.この点も今後の課題です.
2009年度の成果ビデオは2009年度のページにあります.
See also:English Version
2009年度,私たちは城崎温泉で「ゆかたクレジット」プロジェクトに着手しました.