(last update : someday on Dec.01)

スタンフォードで人気の授業: ME310

Overview

機械工学のチームデザインを勉強するためのコースとしてME310は大変に人気のある授業の一つである.

授業の目的は,チームでの設計作業を学ぶことにある.コースは共通の課題を全員で行なう前半と,企業の持ち込んだテーマで設計を行なう後半にわかれている.学生はチーム作業を学ぶのと同時に企業との接点を持つことができる.MEの学生以外も履修することができる.授業は週二回,火曜日と木曜日.原則として1時間30分だが,延長することはザラにある.

担当教授

担当のLarry Leifer教授は,ほぼ年間を通してこのコースにつきっきりとなる.前半は全員のリードを行ない,後半はその評価に費やす.また,コース前半のうちにスポンサーとなる企業を探す作業を行なう.これは簡単ではないらしい.基本的には卒業生などのコネクションを利用することが多いらしい.

授業

一つのチームは4人から5人程度.チームごとに「コーチ」が配属される.コーチはスタンフォードのスタッフとは限らない.スポンサー企業から来ている例もある.いずれにせよ,設計のアドバイザーとして機能する.

どんな宿題があってどんなことを次にしなければならないかなどはすべてWebで参照可能.

NHKで放送されたらしく,そのビデオがオンラインにあるよということで探し回りやっと発見. しかしMEのメンバーしか参照できず.残念.

前半

今年の課題は人力車.紙で製作する.最後にレースを行なう.なお,昨年の課題は車椅子だった.

耐久性や速度などで順位づけを行ない,その結果によって後半の企業との共同研究プロジェクトの選択優先権を得ることができる.今年の大会はメインクワッド(大学中心部)で行なわれた.水を満たした金魚鉢(玩具の金魚いり)をもった人が搭乗した人力車を引く.水がこぼれるとその分減点されるというルールが導入された. Rickshaw raceのアルバム が公開されている.

後半

企業の持ち込む課題は,たとえば「非接触で空気圧を計れるようにする」とか「舞台撮影のカメラワークを研究するために,小さい舞台をつくり,そのうえを自由に動ける人形とその制御装置を作る」とか「シートベルトが事故時に素早くロックするための機構」の,実用性に期待したものから,「火星探査の際の共同作業空間の構築」とか「手を使わずに開閉できる自動車用ドア」などのとっぴな発想を期待したものまである.具体的にどのようなレベルのテーマを設定するかは,企業側担当者と教授を含めるスタッフ人の話し合いの中で決定される.

学生の成果を期待する企業側は,この授業に課題を持ち込む時に$40,000(海外の企業の場合は$44,000)を支払う.この費用は,プロジェクトの遂行のすべてと,スポンサー企業のところに出向く費用が含まれる(そのため海外の企業は割高).学生には$20,000が渡される(その他はスタンフォードが徴収).学生は,この経費をどのように使っても良い.レストランで会合をした場合には,その費用を計上しても構わない.

企業が持ち込む課題の数は,学生のチーム数よりも多い.そのため,学生がだれも選ばない企画も出てくる.この場合には研究助手を募集して授業とは別枠で結果を企業に渡す.

企業からリエゾンの担当者が来て,学生たちとのミーティングに参加,軌道修正などを行なうことがある.積極的に毎回参加する企業もあれば,ほとんど姿を見せない企業もある.企業の姿勢は学生の士気に影響するとのことである.

すばらしく活躍するチームがある一方で,まったく成果を出せないチームも存在する.そのような「あたりはずれ」があることは事前に企業側にも説明される.ただし,経験豊富なLarry教授がプロジェクトをスーパーバイズするのであるから,教授と顧問契約をするのと匹敵する効果が圧倒的な安価で得られると考えられる.

所感

体験を通じて得た知識がいかに重要であるかを考えれば,プロジェクト型の授業はとてもよい取り組みであることは間違いない.また,企業の持ち込むテーマは大いにチャレンジ意欲をかきたてられるであろうことは想像に難くない.しかし,それらが意味のある教育となるためにはなによりも教授を中心とするスタッフの献身的努力があって始めて可能になるように感じる.日本の大学で,一つのコースのためにこれほど注力することが可能かどうかを考えると,一般的には困難であると言わざるを得ない.

これはあくまで想像であるが,教授自身が積極的な取り組みをしているということを学生が感じることによって,学生自身の積極的な取り組みが強まり,そのことがスタンフォードのME310を世界的に有名なコースの一つに押し上げているのではないだろうか.だとすれば,この制度だけを日本にそのまま持ってきても意味がない.

この授業の価値は,いろいろな側面から評価されている.「企業とのパイプ作り」という観点から,「実用的なテーマと触れることによる実践の場」としての評価,あるいは「自分がなにを学ぶべきかのヒントを得る」「ものを作る喜びを感じる」「共同作業の難しさを知る」といった面からも評価される.

なお,今年度の課題であった人力車を意味する英語(Rickshaw)は日本語が語源.


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