イスラエル視察報告

(よしのふREPORT)
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このページについて

  1999年2月14日から2月20日にかけて,イスラエルを訪問し,テルアビブ大学の最新レーザー技術動向を調査するとともに,イスラエル政府の科学技術政策,特にベンチャー企業支援と国家プロジェクトの運営について調査したので,報告する. なお,本報告は主な論点をまとめたものであり,より詳細についてはyoshinov@etl.go.jpまで問い合わせられたい.また,内容は個人としてまとめたものであり,日本政府およびイスラエル政府の公式見解とは必ずしも合致しない.一切の文責は山本吉伸個人に帰属する.本ページの一部または全部の無断転載を禁じる.

本報告には,文末に「私見」が添付されている.この私見については個人的な印象を述べたものであり,ここに記載された情報については充分な裏付けがないものとして扱っていただく必要がある.この項目についても日本政府の公式見解とは異なることがあることは言うまでもない.また,本文は予告なく修正を繰り返している.これは,公開によって関係各方面からのコメントを反映させる作業を継続しているためである.このような意見は間違えた見方である等,ご批判を賜りたい.そのような批判があることこそ,公開の意味であると考えている.

 


HOT LINKS
イスラエル大使館 イスラエル大使館・経済部ホームページ
イスラエル外務省ホームページ  MATIMOP(Advanced Technologies) 
テルアビブ証券取引所ホームページ エルサレム・ポスト

要旨

 イスラエルから次々と登場するハイテクベンチャー企業の陰には,はるかに多くの失敗プロジェクトが存在する.イスラエル政府のプロジェクトは10に1の成功があれば,制度として成功していると考えている.もとより,リスクが高くてマーケットからの資金調達が難しいものに対して支援を行っているのである. 例えば通産省産業科学技術研究開発制度にくらべると少額であるが,その数は1300プロジェクトにも及ぶ.


イスラエルの経済(1997年)
人口 
580万人
国内総生産 980億 USドル
雇用人口 205万人
失業率 7.7%
輸入量 286億USドル
輸出量 208億USドル
対外債務 187億USドル
インフレ率 7%
 

1.科学技術とベンチャーに関する政策

1.1 政府間協調

  1.  EU, EFTA, USA, その他諸国(Netherlands, Spain, Portugal, India, Ireland, Belgium, Sweden, etc.)との自由貿易協定をはじめ,投資保護,二重課税の回避,共同研究開発のための国際協定を結んでいる.(1999年現在,日本との間には締結されていない.)
  2. 二国間での共同研究開発基金としてBIRDF(USA-ISRAEL Industrial R&D Foundation), USA-Israel Science and Technology Commission, CIIRDF(Canada-Israel Industrial R&D Foundation), SIIRD(Singapore-Israel Industrial R&D Foundation)がある.(ホームページによればこのほかに多国間の基金も存在するようだ)
  3. 科学技術の研究開発の資金としてMAGNETプログラムが政府によって用意されている.この資金は,製品化とは独立しており,科学技術の育成のために利用される.EU framework programsも利用できる.

1.2 ハイテク研究開発支援政策

  1. イスラエルの科学技術政策は,チーフサイエンティストオフィス(Dr. Orna Berry主席研究者を長とする国家機関)を中心に行なう.チーフサイエンティストオフィスのスタッフは100名程度であり,プロジェクトの採否の決定権を有する.
  2. チーフサイエンティストオフィスの傘下に,数十のインキュベーター(個々のプロジェクトの管理の実務を担当する国家機関)が存在する.国内の各所に点在している.プロジェクト採否の決定権はないが,潤滑に研究が実施できるように支援する業務に対して責務を負っている.
  3. 基本的に単独企業のプロジェクトには投資しない.複数の企業が集まった企画を審査する.制度は補助金である.最大,一年間で21万ドルを支援する.プロジェクトの実施年数はプロジェクトによって異なる.研究成果が利潤を生じたときには,一定の割合(20%)で国庫に還付される.失敗時には返還の必要はない.
  4. プロジェクト毎に学界や産業界から評価委員が選定される.おおむね時給$100の報酬によって委任される.一つのプロジェクトあたり20時間以上かけて研究計画と管理状況を評価し,改善を提言する.評価委員は研究計画の立案やマネージメントの面からのチェックを行なうのであって,技術上の進捗状況にはコメントを挟まない.
  5. 全体で年間1000件以上のプロジェクトが起動する.似たような技術的課題の提案があっても,先行のプロジェクトがあるということを理由に不採択にすることはないという(インタビューした担当官は,あまり好ましくないことだというニュアンスであった).
  6. プロジェクトが技術的に成功したかどうかの評価は評価委員が行うのではなく,マーケットが行うのであるから,プロジェクトが技術的な成功をおさめたのかどうかを評価するような制度は必要ないと考えられている.成功時に研究実施者が得るであろう利益は,補助金額に比べて圧倒的に高いため,研究実施者の動機づけは充分に強く,研究をちゃんと実施しているかどうかの監視をする必要性は(イスラエル政府は)感じていない.
  7. プロジェクトの実施が決定したときには数年間の予算的処置も確定する.評価委員も専任であり,プロジェクト途中での交代はない.
  8. プロジェクトとして採用する基準は,技術開発のリスクが高いことである.マンパワーをかければ実現できるテーマに対しては支援しない.
  9. 10のうち1つのプロジェクトでも成功すれば,制度としては成功したと考えており,失敗に対して「ハイテク研究なのだから当然のことである」と認識している.
  10. ハイテク技術だけがあっても,マーケットに商品を出すには至らないという認識があり,それを支援する組織がマティモップ(MATIMOP)と呼ばれる政府機関である.チーフサイエンチィストオフィスからの資金で運営されている.
  11. ベンチャー企業がテイクオフするためには,ハイテク技術のほかに「ファイナンス」「マーケティング」「マネージメント」が必須であり,その解決策として基盤のしっかりした大手の企業にハイテク企業を仲介するというサービスが重要であると認識されている.マティモップはそのようなサービスを提供している.(マティモップ自身は「我々は国際的なマッチメーカーである」と称している).マティモップ自身は投資したり個別にマーケティングのプロフェッショナルを探したりなどの業務は行なわない.
  12. 技術あるいはプロジェクトに関するデータベースをインターネット上で公開しており,登録したユーザはだれでもそのデータにアクセスして自分が探している技術を有する会社を見つけることができる.

2.成功の理由

まず,イスラエルのベンチャー政策は本当に成功しているといえるのか.

NASDAQに店頭登録したイスラエルベンチャーは100社に達している.外国企業の公開数ではカナダに次いで2位.日本は6社だけである.(日経1998年1月5日).イスラエルの科学者・技術者の割合は世界でもっとも高い水準である.GDPに占める研究開発費への投資額も世界の高水準にある.創業10年未満が全体の80%を占めている約3000のイスラエルベンチャー企業が研究開発を行なっている.200から300のハイテク企業が毎年イスラエルでは立ち上がっている.この数字は,USに次いで二番目に高いものである. これらの数字を見る限り,イスラエルの政策は成功していると評価できる.

イスラエル政府自身が分析する主な「成功の要因」は以下のとおり.

  1. 質の高い大学があること.
  2. 旧ソ連邦(東欧)から,高度な技術をもった科学者・技術者が大量に移民してきたこと.
  3. 徴兵制度によってチームワークの技術が磨かれるだけでなく,人間関係が豊かになり,さまざまな才能が交流する機会があること.
  4. 防衛産業から民生品への転用が多いこと.(嘘発見ソフトとして有名になった「トラスター」はテロ防止用機械の転用品であるし,手術中の血液モニタシステムは軍の夜間行動用カメラからの転用品である.このほか,画像解析,暗号,通信,圧縮技術などに転用品の成功例が多い)
  5. 政府主導による資本投資と科学研究開発の促進政策が充実していること.
  6. アメリカやヨーロッパとの自由貿易協定など,財務的,商業的インフラと通信インフラが整備されていること.
 この他,ベンチャーキャピタリストが育っている点も,イスラエル科学技術進展を支える要因の一つである.科学技術開発を実施するときの資金調達のチャネルが豊富である.アイデアを持つ人と投資家とを結び付けるサービスを提供するIsrael Venture Associate(IVA)といったボランティアベースの組合組織もある.政府の出資によるヨズマ(YOZMA)というベンチャーキャピタル基金も る.(ただし,YOZMAは最近民営化した). また,初期段階でのNASDAQでの成功がイスラエルベンチャーの活性化にポジティブフィードバックを与えた点や,中近東の和平プロセスの進捗なども影響していると分析している.
 
 

 3.日本(通産省)の産業科学技術振興政策との比較

  1. イスラエルでは,ハイテクベンチャー起業を支える頭脳(人材)こそが,イスラエルの財産であると認識している.大学教授や研究機関の研究者がビジネス的にも成功することを積極的に支援している. 例えばテクニオン・イスラエル大学内の「ダイモテック」は1993年の設立以降,48社をたちあげている(日経1998年1月5日) .ワイツマン研究所の視察では,「我々の同僚の一人は,衛星放送で個別にスクランブルを掛ける技術でビジネス的に成功を納めた.我々は彼の成功を誇りに思う.」といっていた.ワイツマン研究所は,日本で言えば先端科学技術大学院大学に相当する.
  2. イスラエルでは成功が約束されたものを支援する必要はないとしている.ハイテク研究プロジェクトの失敗は当たり前のことであると正しく理解されている.そのようなリスクがあるからこそ国が支援をする必要があるのだと認識されている.面白いとおもったプロジェクトについては積極的に応援しようという気風がベンチャーキャピタリストだけではなく行政側にもあり,その背景には研究は10に1つが成功すればいいという考え方が浸透していることが挙げられる.
  3. プロフェッショナルの分業(責任分担)が明確で,それぞれがみずからの専門分野に責任を持つ体制がきちんと整っている点も,日本とは大きく異なる点である.

  4. まず,チーフサイエンティストオフィス専門家(博士・公務員)がプロジェクトの「リスク」「当該技術の(ビジネスとしての)将来性」を評価する(技術開発リスク評価のプロ).リスクが高く,面白いものが選択される.科学技術の専門知識を有するスタッフが選定に対して責務を負っている(プロジェクトの成功・不成功には責任を負っていない点に留意のこと).トップはもちろん博士である.チーフサイエンティストオフィスの行政官は,制度が潤滑に機能するように運営することに専念する(制度企画・運営のプロ).
    次に,チーフサイエンティストオフィスと契約した評価委員は,プロジェクト開始から終了まで一貫して有給で評価を担当する.ボランティアベースの日本の評価委員とは異なる.この評価はプロジェクトの計画立案や管理運営体制に対するものであって,研究の進捗状況には関与しない(計画立案・管理運営のプロ).日本で評価委員というとプロジェクトが成功したかどうかを評価するが,そのような評価はそもそも無意味である.ハイテク開発に成功したかどうか(成果があがったかどうか)は市場が判断すればよいことである.イスラエルではこの考え方で一貫している.
    プロジェクト推進者は,研究の成功を目指して,推進に責任を負っている(研究のプロ).自己資本を20%投資しているということもあるが,技術開発が成功した場合に得られる利益は補助金の額とは比較にならないほど大きいので,成功への動機づけは充分に大きいといえる.ほっておくと補助金だけをもらって研究を進めないのではないかという恐れを感じる人が日本には存在するかもしれないが,巨額の富を手にする可能性があるイスラエルでは補助金をもらって満足してしまうというような実施者はありえない.計画を採択した以上,進捗は実施者にまかせている.さらにプロジェクトが開始されればプロジェクト終了までの全体予算も確定しており,推進者は研究に専念できる. 公平のために付記すると,文部省科研費,科技庁科学技術振興調整費,その他の制度で非常に類似のものは日本にも存在している.しかし,その採択基準や制度の運用は大きく異なるように見える.

    以上で視察報告を終る.


    以下では,主観的比較と私案について述べる.

    主観:イスラエルから学ぶこと

    一般的に,ユダヤ人には優秀な人材が多いとされている.日米首脳会談を開催したとき,アメリカ側のスタッフは大統領ともう一人を除いて全員がユダヤ人であったという事実もある.放浪の歴史から,どこにいっても生活できる知識職業を志向する傾向もある.労働人口の数十パーセントが博士号取得者と法律家で占めるイスラエルは,たしかに優秀な人材を非常に高い割合で送り出している.この優秀な人材が,イスラエルのハイテク産業を支えている.

    だがこれは,イスラエルの科学技術ポテンシャルが日本のそれと比較して圧倒的に優れているということを意味するものではない,というのが科学技術の専門家としての私の意見である.中近東の国から見ればすばらしいハイテク国家であるが,先進7カ国の一つである我が国の科学技術の水準から対等に見ることは適切ではない.日本にも対等の能力をもった科学者・技術者はたくさんいる,と断言できる.

    にもかかわらず,我々がイスラエルから学ぶべきことはいくつもある.大阪府程度の人口しかいないイスラエルが,日本と対等に技術開発を行なおうとする姿勢には,敬意を表しないわけにはいかない.

    失敗に対する態度(「10に1つ」の考え方)

    我々がハイテク研究を実施する上で学ぶべき第一項は,「10に1つ」の考え方を充分に制度運用に反映させることだと主張したい.

    イスラエルでは1つの成功の影に10倍の失敗が存在している.日本の科学技術政策や研究開発の現場は,アメリカで作られた技術の後追いか大量生産技術による加工貿易だけをやってきたために,いまだにハイテク研究を理解できないでいるのではないかと指摘する人もいる.

    イスラエルでは,数年たって芽が出ないベンチャーはつぎつぎとたたんでしまう.そしてどんどん新しいことに着手するのである.これが可能なのは,10に1つという考え方が根底にあるからではないだろうか.ベンチャーを支援する社会風土は大きな要因であるが,国が10に1つというハイテク支援政策を打ち出せば,その結果としてベンチャーキャピタルの成功例も増加し,社会風土も徐々に変化することは充分に期待できる.

    大企業に入社することがよいこととされている日本ではベンチャーは育たないと指摘する人もいるが,それは正しい認識ではない.なぜならイスラエルも大企業に入社することがよいことという観念があったが,急速にベンチャー気質に移行したからである.

    日本では立ち上げたプロジェクトは是が非でも成功しなければならないという考え方があり,その成功が約束されていなければ税金を投入できないとの考え方が通っている.しかし,これはハイテク研究においては正しい考え方ではない可能性がある.間違えた考え方からスタートすることによって,毎年なにかの成果を求めるようになる.無理矢理作文して成果らしきものをひねりだす,というだけなら充分許容できる作業なのだが,すぐ成果が出やすいものばかりを追いかけざるを得なくなるとすると,これは本質的な問題だと思われる.毎年予算獲得のために説明に翻弄しなければならず,担当者が変わるたびに出される新しい指導に振り回される日本の研究推進者と,計画が承認された段階で毎年の予算も安定し,一定の基準でプロジェクトを見守る期間中異動のない評価者がいるイスラエルの研究推進者と,どちらが成果を期待できるだろうか?という観点から,ハイテク研究のあり方について議論をする必要があるのではないだろうか

    評価と責任について

    日本ではなんとなく「評価が必要だ」という主張が先行している.その評価を,どこからか連れてきた評価委員が(ほとんどボランティアのような謝礼をもらい,その薄謝に見合うぐらいの手間をかけて)判定したものが,ほんとうに必要な評価といえるのだろうか,という点はあまり議論されていない.私としては,情報公開の方がよっぽど実施者へのフィードバックが強くかかると思う.特許情報が含まれているから一般に公開できない等の理由があってプロの評価が必要だというのなら,交通費程度の謝礼ではなく,ちゃんと時給に見合った金額を支払って,その職務の重要性を認識してもらった上で評価してもらうべきではないだろうか.評価が大切だ大切だといいながら,評価委員はボランティアで当然という考えのままでいいのかどうか,再検討する必要があるだろう.

    そもそも,プロジェクトが技術的な成功をおさめたのかどうかを評価するような制度はコストをかけて無駄な努力をしているように感じる人もいると思われる.既に報告した通り,イスラエルではプロジェクトが技術的に成功したかどうかの評価は市場が行なうことであると考えている.評価委員は管理体制や計画に関しての評価に徹するという点は,私には非常に重要なことのように思われる.

    ところで,日本では責任をとるというとプロジェクトが失敗したときにどのような罰則を設けるかという議論になりかねないが,基本的に補助金(自己資金20%の準備が必要)制度で,大きな成功が期待できるイスラエルではそのような罰則は不要ということのようだ.

    成功を支援する風土(オリジナリティの尊重)

    ベンチャーを起こせるようなハイテク技術のアイデアを持っている人は,大学や国立研究機関にたくさんいる.イスラエルではこのような人材がビジネス的に成功することを応援する公的制度がいくつもあり,成功を応援する風土になっている.ところが,日本では公務員(国立大学教授や国立研究所研究員,国立病院医師など)がビジネス的に成功することを許さない.見られる反応の一つが「公務員には職務専念義務がある」というものである.職務専念義務とは,ほんらい出来高制ではない公務員をなんとかしたいという趣旨なのだろうけれども,職務に専念したからこそ,ビジネス化可能な技術が生まれたはずである.ビジネス化可能な技術をつくり出した時点で,これは評価するべきことだ.ところが,現状の制度では,この技術を展開する力が弱い.つまり,研究者は技術をつくって自己満足すればそれで終りにした方が楽,ということになっていて,そこから先に進むことを助ける制度なり組織なりが存在しない.「良い技術なら買ってくれるはずだ」という発想に基づいていると思われるが,私から見ればトノサマ商売のように見える.基礎技術だけを買うほどの財力がある大手企業はどれほどたくさんあるのだろうか.この国全体の活性化にどれほど寄与できるだろうか.国家(というより通産省かな)がなすべき職務の一つである「雇用の促進」という側面から考えても,ビジネス的な成功を支援する方が,全体として貢献が大きいという点である.日本では,せっかくの人材を死蔵してしまうシステムになっていると指摘する人もいる.

    なお,その(ビジネス的な)成功の対価を研究者が受けとるべきかどうかは,議論の余地がある.基本的には出資者が受けとるべきであり,研究者は出資者として参加するか公務員を退職して実施者としての報酬を受けとる方がよいという意見も妥当に思われる.なお,出資者としての参加は現行法規でも可能だが,届出が必要など,敷居がある.また,出資先の会社に自分の技術を移転する作業に協力する時間は公務員の給与の範囲の中で実施することが好ましくないとの意見もある.私としては研究公務員などにはフレックス制を柔軟に適用できるよう自由度をたかめることが望ましいと考えている.

    一般論になるが,海外の事情を調べていると,次第に「日本には他人の成功の足をひっぱる風潮があるのではないか」と思えてきてしまう.成功報酬として期待できる額もあまり高くない.このような風潮は,プロジェクトの選定にも反映しているような気がする.なぜなら日本では,大きな反対がなく確実に成果があると見込まれる無難な(つまらない)プロジェクトが採択され易いのではないかと感じるからである.このような印象は,プロジェクトの審査が(A)(B)(C)の3段階の総合評価をつけ,(A)と(C)の採点のときにはコメントを書く必要があるというプロセスとも強く関連すると思われるのだが,詳細は別の機会に譲ることにする.

    イスラエルでは国家プロジェクトの選定にあたっては面白いと思うかどうかが問われ,結果として「オリジナリティ」が高く評価されることになる.一方日本ではオリジナリティより,「アメリカではどうか?」が一つの評価基準となる.アメリカがやりはじめたテーマだから,アメリカの審査委員が認めているテーマってことですよ,とでも言うのだろうか.アメリカが先行している研究テーマなら,日本でやっても確実に成果があがる(少なくともアメリカと同じ成果までならば)と期待できるということなのだろうか.謎である.いずれにせよ,日本では傑出したものは好まれないのかもしれない.

    調達/人材交流

    軍関連の調達がハイテク産業を間接的に支援しているという点も重要である.日本では「なにをプロジェクトで作ればいいのか知恵がないために公募をやっている」という批判をする人もいるが,私も公募だけではなく調達型のプロジェクト公募も始めるべきではないかと考えている.クリアすべき技術上の目標だけを提示し,それを解決するべく独立したチームが独立した手法で競争的に取り組むのである.これは,プロジェクトの数値目標を明確にするということも一つの目的であるが,もう一つは確実に利用するマーケットを政府が確保するということでもある.そのようなマーケットはないぞ..という批判もあるが,実際には自衛隊や警察,地方自治体などいくらでもあり得ると考えている.それぐらいの知恵と労力は,負担できるのではないだろうか.

    さて,イスラエルにとって,徴兵は大変な負担であるが,その一方で大きな効果をもたらしていることは多くのイスラエル政府関係者が指摘していた.それを示す事例を挙げよう.イスラエル国防軍から,あるソフトウエア会社が表彰を受けた.そのソフトウエア会社の商品は,兵士の経験や技術,武器の配備など各種リソースを,最適に配分して部隊設定を行なう管理システムであった.(これは現在,防衛庁にも納入の打診がある).このソフトウエアを開発したのは,徴兵経験のある人々で,実際に自分がユーザの立場にいた人たちである.徴兵は,メーカ側の人間がユーザ側に立つという機会ともなっている.日本でも,具体的ニーズに触れる機会を創生するメカニズムを政策的に取り入れることを検討してはどうだろうか.

    広報

    イスラエルの広報・宣伝活動は一般的に上手である.ハイテクイスラエルの宣伝活動は,日本のベンチャーキャピタリストを多く引き込んでいる.一方,日本の広報・宣伝活動は一般的に下手である.日本の資金で実施されているイスラエルの公的事業も,現地ではほとんど知られていないのである.

    最後に

    ここまで,イスラエルの素晴らしいところ積極的に紹介しつつ,日本の問題点もまた,かなり積極的に批判した.だが,私はイスラエルをお手本に,イスラエルと同じように科学技術政策を実施せよ,ということを主張するつもりはあまりない.

    どのような制度も,成功している側面と失敗している側面があり,イスラエルの政策もまたしかりではないかと思うからである.今回の渡航では政府側の意見にしか触れることができなかった.民間側の人も,政策を支持する意見だけであった.時間があれば,是非実施者側を探しだし,その人たちに本当のところを聞きたいところである.どのような問題が隠れているのか,ほんとうのところはどうなのか.イスラエルの政策を「模範解答」として受け入れるにはまだ調査が必要であろう.以前,NSFというアメリカの科学技術基金が実施している中小企業向けの研究開発費支援制度を調査したことがある.日本では「アメリカではあんなに成功しているのに,どうして日本はうまくいかないのか」というコンテキストでアメリカの例が引き出されているが,個別の例(例えばNSF)を調べてみると,議会からは「予算の無駄使いだ」として批判に晒されているということがわかってきた.本当のところはなかなかわからないものだ.

    もう一つ,イスラエルにはイスラエルに,日本には日本に適した政策があるはずである.人口も国土も異なる両国で,同じ政策が成功する保証はどこにもない.世界から期待される役割も異なる.

    あまり関係ないかもしれないが,日本大使館付武官の小島一等空佐から伺った話を紹介したい.

    PKOに派遣されている自衛隊は,大変優秀であり,ゴラン高原で任務につく1000名の中のたった43名であるにもかかわらず,存在感が大きく,他の軍からも高く評価されているらしい.任務は物資輸送やキャンプ設営といった作業なのだが,それでも非常にきっちりと作業をこなすのだという.これは他の軍隊(特に中近東の軍隊)ではなかなかできないことらしい.そのため,自衛隊員はみな,自信をもって帰国するとのことだ.

    現地でビジネスを担当している日本人にも感想を聞く機会があった.時間どおりにきちっと集団で作業をこなす,などはやはりイスラエルといえども日本にはとおく及ばないとのことであった.中近東の国の一つであると思えば,とてもすばらしいのだが,という評価であった.

    これがイスラエルの正しい評価かどうか,まだ結論は出せない.しかし,学ぶべきことは多い.委託金制度から補助金制度に重点を移すべきであるとか,アイデアを持っている人が提案者になれない制度は改めるべきだとか,行政官は行政のプロとして制度の潤滑な運営に手腕を発揮し,技術のわかる専門家がプロジェクトのオリジナリティやリスクを評価するプロとして職責を遂行し,その実施にあたっては研究者がプロとして責務を負うというように,各プロがそれぞれの責務に専念して作業にあたる体制を明確にするべきだとか,日本にもベンチャーを大手企業に仲介するMATIMOPのような機関が必要だとか,さまざまな点を議論するべきであろう.


     その他の視察先等.

     視察したところ.16日〜18日. 写真をクリックすると大きな映像 が表示されます.(されないところもあります...) 2001年 2月現在,書き換えは挫折中
    テルアビブ大学9:00〜11:00 テルアビブ大学工学部.工学部長ギデオンラングホルツ氏自らが組織紹介.工学部は9学部中でもっとも若い(25年).計算機科学科は数学部にあり最も古いとのこと.テルアビブ大学は4500人の学部生と1000人の大学院生,すなわちほとんどが大学院に進学する.教育はヘブライ語,給与は政府から.研究費は7割が政府から.
    伊藤さんとメンドロビッチ先生メンドロビッ チ博士との討論.レーザーに関しての意見交換を行った.このほか,学科長ほ かがさまざまな研究について説明してくれた.その様子の動画があります.Gideon教授 メンドロビッチ教授が説明している様子です.ただし,Windows向けの実 行ファイルの形式です.
    Industreeと書かれたポスター.4つの目標が書かれていたような気がするが,なんだったっけ(・_・)
    アラロフ社長アラロフ社長らとの夕食会.とてもゆういぎだったのだが,その詳細は
    RAD DATA COMMUNICATIONS社視察.President & CEOのEfraim Wachtel  氏とSales Manager(日本担当販売部長)のOfer Podoler氏が会社概要を説明.1981年設立.イスラエル内にデザインと製造拠点を有し,980人を雇用.米国,カナダ,中国,ドイツ,英国等に支社.98年の売上は約1億5千ドル。250種の商品を扱い、100カ国にディストリビュータがいる。売上は91年の約3千万ドルからコンスタントに伸びてきた。主な販売先は欧州(36%)、北米(22%)、アジア・極東(22%)となっている。イスラエル国内への販売は4%。RAD社は81年の設立以来分社化を推進してきており、現在13社のグループを形成するに至っている。グループ全体の売上もコンスタントに伸びており、98年のグループ全体の売上は3億2千万ドルとなっている。RAD社はデータ通信、テレコミュニケーションの分野で、高品位なアクセス装置及びソフトウエア等の商品を開発し、提供している。顧客は工業、金融、軍、運輸、教育、商業、公益事業、通信など多岐にわたる。社員の約30%はR&Dに従事しており、また最高の品質を提供するため、ISO9001を取得している。日本のNTT等のテレコミュニケーション会社と取引がある。会社概要の説明を受けた後,建設中の12階建て本社ビル(写真)と,NTTと共同研究中の通信機器開発現場を視察.
    ハイテクセミナ
    キブツとは,
    農場.ハイテク産業とも密接に関係が.
    共同食堂.おいしそうな料理がならぶ.お金を払えば外部の人間もたべることができるらしい.ヘブライ語,英語,ロシア語で「禁煙」と書かれた看板がレジのところにあった.
    Bio-Technology General社視察.イスラエル国営放送が取材に来た.研究所の見学では全員が白衣を着せられたが,「研究所が汚れないようにするため」だそうな.
    ワイツマン研究所
    ワイツマン研究所の一画に設置された太陽光利用熱源システム.地面にたくさんの鏡(太陽の方向を自動的に追尾する)を並べ(左写真)反射した光をビルの一カ所に集中させる(右写真).このときに集められた熱を利用しようとするシステム.
    ワイツマン大統領墓地そばにある,ホロコースト記念碑.
    テルアビブ中央駅.
    Israel Diamond Center(I.D.C.)視察.
     

     

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