1999年2月14日から2月20日にかけて,イスラエルを訪問し,テルアビブ大学の最新レーザー技術動向を調査するとともに,イスラエル政府の科学技術政策,特にベンチャー企業支援と国家プロジェクトの運営について調査したので,報告する. なお,本報告は主な論点をまとめたものであり,より詳細についてはyoshinov@etl.go.jpまで問い合わせられたい.また,内容は個人としてまとめたものであり,日本政府およびイスラエル政府の公式見解とは必ずしも合致しない.一切の文責は山本吉伸個人に帰属する.本ページの一部または全部の無断転載を禁じる.
本報告には,文末に「私見」が添付されている.この私見については個人的な印象を述べたものであり,ここに記載された情報については充分な裏付けがないものとして扱っていただく必要がある.この項目についても日本政府の公式見解とは異なることがあることは言うまでもない.また,本文は予告なく修正を繰り返している.これは,公開によって関係各方面からのコメントを反映させる作業を継続しているためである.このような意見は間違えた見方である等,ご批判を賜りたい.そのような批判があることこそ,公開の意味であると考えている.
イスラエル大使館 | イスラエル大使館・経済部ホームページ |
イスラエル外務省ホームページ | MATIMOP(Advanced Technologies) |
テルアビブ証券取引所ホームページ | エルサレム・ポスト |
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580万人 |
国内総生産 | 980億 USドル |
雇用人口 | 205万人 |
失業率 | 7.7% |
輸入量 | 286億USドル |
輸出量 | 208億USドル |
対外債務 | 187億USドル |
インフレ率 | 7% |
NASDAQに店頭登録したイスラエルベンチャーは100社に達している.外国企業の公開数ではカナダに次いで2位.日本は6社だけである.(日経1998年1月5日).イスラエルの科学者・技術者の割合は世界でもっとも高い水準である.GDPに占める研究開発費への投資額も世界の高水準にある.創業10年未満が全体の80%を占めている約3000のイスラエルベンチャー企業が研究開発を行なっている.200から300のハイテク企業が毎年イスラエルでは立ち上がっている.この数字は,USに次いで二番目に高いものである. これらの数字を見る限り,イスラエルの政策は成功していると評価できる.
イスラエル政府自身が分析する主な「成功の要因」は以下のとおり.
以上で視察報告を終る.
だがこれは,イスラエルの科学技術ポテンシャルが日本のそれと比較して圧倒的に優れているということを意味するものではない,というのが科学技術の専門家としての私の意見である.中近東の国から見ればすばらしいハイテク国家であるが,先進7カ国の一つである我が国の科学技術の水準から対等に見ることは適切ではない.日本にも対等の能力をもった科学者・技術者はたくさんいる,と断言できる.
にもかかわらず,我々がイスラエルから学ぶべきことはいくつもある.大阪府程度の人口しかいないイスラエルが,日本と対等に技術開発を行なおうとする姿勢には,敬意を表しないわけにはいかない.
イスラエルでは1つの成功の影に10倍の失敗が存在している.日本の科学技術政策や研究開発の現場は,アメリカで作られた技術の後追いか大量生産技術による加工貿易だけをやってきたために,いまだにハイテク研究を理解できないでいるのではないかと指摘する人もいる.
イスラエルでは,数年たって芽が出ないベンチャーはつぎつぎとたたんでしまう.そしてどんどん新しいことに着手するのである.これが可能なのは,10に1つという考え方が根底にあるからではないだろうか.ベンチャーを支援する社会風土は大きな要因であるが,国が10に1つというハイテク支援政策を打ち出せば,その結果としてベンチャーキャピタルの成功例も増加し,社会風土も徐々に変化することは充分に期待できる.
大企業に入社することがよいこととされている日本ではベンチャーは育たないと指摘する人もいるが,それは正しい認識ではない.なぜならイスラエルも大企業に入社することがよいことという観念があったが,急速にベンチャー気質に移行したからである.
日本では立ち上げたプロジェクトは是が非でも成功しなければならないという考え方があり,その成功が約束されていなければ税金を投入できないとの考え方が通っている.しかし,これはハイテク研究においては正しい考え方ではない可能性がある.間違えた考え方からスタートすることによって,毎年なにかの成果を求めるようになる.無理矢理作文して成果らしきものをひねりだす,というだけなら充分許容できる作業なのだが,すぐ成果が出やすいものばかりを追いかけざるを得なくなるとすると,これは本質的な問題だと思われる.毎年予算獲得のために説明に翻弄しなければならず,担当者が変わるたびに出される新しい指導に振り回される日本の研究推進者と,計画が承認された段階で毎年の予算も安定し,一定の基準でプロジェクトを見守る期間中異動のない評価者がいるイスラエルの研究推進者と,どちらが成果を期待できるだろうか?という観点から,ハイテク研究のあり方について議論をする必要があるのではないだろうか
そもそも,プロジェクトが技術的な成功をおさめたのかどうかを評価するような制度はコストをかけて無駄な努力をしているように感じる人もいると思われる.既に報告した通り,イスラエルではプロジェクトが技術的に成功したかどうかの評価は市場が行なうことであると考えている.評価委員は管理体制や計画に関しての評価に徹するという点は,私には非常に重要なことのように思われる.
ところで,日本では責任をとるというとプロジェクトが失敗したときにどのような罰則を設けるかという議論になりかねないが,基本的に補助金(自己資金20%の準備が必要)制度で,大きな成功が期待できるイスラエルではそのような罰則は不要ということのようだ.
なお,その(ビジネス的な)成功の対価を研究者が受けとるべきかどうかは,議論の余地がある.基本的には出資者が受けとるべきであり,研究者は出資者として参加するか公務員を退職して実施者としての報酬を受けとる方がよいという意見も妥当に思われる.なお,出資者としての参加は現行法規でも可能だが,届出が必要など,敷居がある.また,出資先の会社に自分の技術を移転する作業に協力する時間は公務員の給与の範囲の中で実施することが好ましくないとの意見もある.私としては研究公務員などにはフレックス制を柔軟に適用できるよう自由度をたかめることが望ましいと考えている.
一般論になるが,海外の事情を調べていると,次第に「日本には他人の成功の足をひっぱる風潮があるのではないか」と思えてきてしまう.成功報酬として期待できる額もあまり高くない.このような風潮は,プロジェクトの選定にも反映しているような気がする.なぜなら日本では,大きな反対がなく確実に成果があると見込まれる無難な(つまらない)プロジェクトが採択され易いのではないかと感じるからである.このような印象は,プロジェクトの審査が(A)(B)(C)の3段階の総合評価をつけ,(A)と(C)の採点のときにはコメントを書く必要があるというプロセスとも強く関連すると思われるのだが,詳細は別の機会に譲ることにする.
イスラエルでは国家プロジェクトの選定にあたっては面白いと思うかどうかが問われ,結果として「オリジナリティ」が高く評価されることになる.一方日本ではオリジナリティより,「アメリカではどうか?」が一つの評価基準となる.アメリカがやりはじめたテーマだから,アメリカの審査委員が認めているテーマってことですよ,とでも言うのだろうか.アメリカが先行している研究テーマなら,日本でやっても確実に成果があがる(少なくともアメリカと同じ成果までならば)と期待できるということなのだろうか.謎である.いずれにせよ,日本では傑出したものは好まれないのかもしれない.
さて,イスラエルにとって,徴兵は大変な負担であるが,その一方で大きな効果をもたらしていることは多くのイスラエル政府関係者が指摘していた.それを示す事例を挙げよう.イスラエル国防軍から,あるソフトウエア会社が表彰を受けた.そのソフトウエア会社の商品は,兵士の経験や技術,武器の配備など各種リソースを,最適に配分して部隊設定を行なう管理システムであった.(これは現在,防衛庁にも納入の打診がある).このソフトウエアを開発したのは,徴兵経験のある人々で,実際に自分がユーザの立場にいた人たちである.徴兵は,メーカ側の人間がユーザ側に立つという機会ともなっている.日本でも,具体的ニーズに触れる機会を創生するメカニズムを政策的に取り入れることを検討してはどうだろうか.
どのような制度も,成功している側面と失敗している側面があり,イスラエルの政策もまたしかりではないかと思うからである.今回の渡航では政府側の意見にしか触れることができなかった.民間側の人も,政策を支持する意見だけであった.時間があれば,是非実施者側を探しだし,その人たちに本当のところを聞きたいところである.どのような問題が隠れているのか,ほんとうのところはどうなのか.イスラエルの政策を「模範解答」として受け入れるにはまだ調査が必要であろう.以前,NSFというアメリカの科学技術基金が実施している中小企業向けの研究開発費支援制度を調査したことがある.日本では「アメリカではあんなに成功しているのに,どうして日本はうまくいかないのか」というコンテキストでアメリカの例が引き出されているが,個別の例(例えばNSF)を調べてみると,議会からは「予算の無駄使いだ」として批判に晒されているということがわかってきた.本当のところはなかなかわからないものだ.
もう一つ,イスラエルにはイスラエルに,日本には日本に適した政策があるはずである.人口も国土も異なる両国で,同じ政策が成功する保証はどこにもない.世界から期待される役割も異なる.
あまり関係ないかもしれないが,日本大使館付武官の小島一等空佐から伺った話を紹介したい.
PKOに派遣されている自衛隊は,大変優秀であり,ゴラン高原で任務につく1000名の中のたった43名であるにもかかわらず,存在感が大きく,他の軍からも高く評価されているらしい.任務は物資輸送やキャンプ設営といった作業なのだが,それでも非常にきっちりと作業をこなすのだという.これは他の軍隊(特に中近東の軍隊)ではなかなかできないことらしい.そのため,自衛隊員はみな,自信をもって帰国するとのことだ.
現地でビジネスを担当している日本人にも感想を聞く機会があった.時間どおりにきちっと集団で作業をこなす,などはやはりイスラエルといえども日本にはとおく及ばないとのことであった.中近東の国の一つであると思えば,とてもすばらしいのだが,という評価であった.
これがイスラエルの正しい評価かどうか,まだ結論は出せない.しかし,学ぶべきことは多い.委託金制度から補助金制度に重点を移すべきであるとか,アイデアを持っている人が提案者になれない制度は改めるべきだとか,行政官は行政のプロとして制度の潤滑な運営に手腕を発揮し,技術のわかる専門家がプロジェクトのオリジナリティやリスクを評価するプロとして職責を遂行し,その実施にあたっては研究者がプロとして責務を負うというように,各プロがそれぞれの責務に専念して作業にあたる体制を明確にするべきだとか,日本にもベンチャーを大手企業に仲介するMATIMOPのような機関が必要だとか,さまざまな点を議論するべきであろう.
9:00〜11:00 テルアビブ大学工学部.工学部長ギデオンラングホルツ氏自らが組織紹介.工学部は9学部中でもっとも若い(25年).計算機科学科は数学部にあり最も古いとのこと.テルアビブ大学は4500人の学部生と1000人の大学院生,すなわちほとんどが大学院に進学する.教育はヘブライ語,給与は政府から.研究費は7割が政府から. |
メンドロビッ チ博士との討論.レーザーに関しての意見交換を行った.このほか,学科長ほ かがさまざまな研究について説明してくれた.その様子の動画があります.Gideon教授と メンドロビッチ教授が説明している様子です.ただし,Windows向けの実 行ファイルの形式です. |
Industreeと書かれたポスター.4つの目標が書かれていたような気がするが,なんだったっけ(・_・) |
アラロフ社長らとの夕食会.とてもゆういぎだったのだが,その詳細は |
RAD DATA COMMUNICATIONS社視察.President & CEOのEfraim Wachtel 氏とSales Manager(日本担当販売部長)のOfer Podoler氏が会社概要を説明.1981年設立.イスラエル内にデザインと製造拠点を有し,980人を雇用.米国,カナダ,中国,ドイツ,英国等に支社.98年の売上は約1億5千ドル。250種の商品を扱い、100カ国にディストリビュータがいる。売上は91年の約3千万ドルからコンスタントに伸びてきた。主な販売先は欧州(36%)、北米(22%)、アジア・極東(22%)となっている。イスラエル国内への販売は4%。RAD社は81年の設立以来分社化を推進してきており、現在13社のグループを形成するに至っている。グループ全体の売上もコンスタントに伸びており、98年のグループ全体の売上は3億2千万ドルとなっている。RAD社はデータ通信、テレコミュニケーションの分野で、高品位なアクセス装置及びソフトウエア等の商品を開発し、提供している。顧客は工業、金融、軍、運輸、教育、商業、公益事業、通信など多岐にわたる。社員の約30%はR&Dに従事しており、また最高の品質を提供するため、ISO9001を取得している。日本のNTT等のテレコミュニケーション会社と取引がある。会社概要の説明を受けた後,建設中の12階建て本社ビル(写真)と,NTTと共同研究中の通信機器開発現場を視察. |
ハイテクセミナ |
キブツとは, |
農場.ハイテク産業とも密接に関係が. |
共同食堂.おいしそうな料理がならぶ.お金を払えば外部の人間もたべることができるらしい.ヘブライ語,英語,ロシア語で「禁煙」と書かれた看板がレジのところにあった. |
Bio-Technology General社視察.イスラエル国営放送が取材に来た.研究所の見学では全員が白衣を着せられたが,「研究所が汚れないようにするため」だそうな. |
ワイツマン研究所 |
ワイツマン研究所の一画に設置された太陽光利用熱源システム.地面にたくさんの鏡(太陽の方向を自動的に追尾する)を並べ(左写真)反射した光をビルの一カ所に集中させる(右写真).このときに集められた熱を利用しようとするシステム. |
ワイツマン大統領墓地そばにある,ホロコースト記念碑. |
テルアビブ中央駅. |
Israel Diamond Center(I.D.C.)視察. |